前章では、能と狂言のあらましについて述べましたが、ここでは能を構成する演者についても最小限の説明をしておきたいと思います。あと2分ほどですから、どうぞお付き合いください。
ひとくちに能楽師といっても、舞台での役割によって、シテ方、ワキ方、狂言方、囃子方に分けられます。それが演目によって入れ替わることはなく、常にシテ方の能楽師はシテ方、ワキ方はワキ方です。
シテ方が演じる能の主役はシテと呼ばれ、面(おもて)を掛けて登場します。シテが演じる役は、神、男、女、狂、鬼の5つに分けられ、それにより能の演目も5つの種類に分類されています。前半と後半で「シテ」の役柄が変化する曲では、「前シテ」「後シテ」といって区別されます。シテ以外の登場人物を演じるシテ方は「ツレ」または「トモ」と呼ばれます。舞台右手に鎮座し、謡によって情景や主人公の心理を語る「地謡」を構成するのもシテ方の演者です。舞台監督や演出家のいない能ではシテがその役割も兼ねており、能1曲に対してシテの背負う責任の重さを物語ります。
ワキ方演ずるワキは、超現実の存在であることが多いシテとは異なり、現世に生きる現実の存在であり必ず男性と決まっています。そのためワキ方の役者は、面は掛けず直面(ひためん)で演じます。一言でいうとその名のとおり脇役ですが、夢幻能では旅の僧など不思議な出来事を体験する当事者的な立場となるように、物語と観客を媒介するような側面もあり、現代で言う脇役とは少しニュアンスが異なるようです。「ワキ」の同行者は「ワキツレ」と呼ばれます。
最近では「狂言師」といった言い方もされますが、正式には「能楽師狂言方」。狂言方は、狂言を演じるのは勿論、能の曲にも「間狂言(アイ)」として出演します。「間狂言」は、場面が転換する曲の中盤で登場し、それまでのストーリーや背景を語り聞かせることが多く、前シテと後シテの装束替えが行う間の場を繋ぐ役割と、観客の理解を助ける解説者のような役割を兼ね備えています。便宜上の意義もさることながら、間狂言がもたらす狂言のエッセンスは能に奥行きを与えるようにも感じられます。
囃子方は受け持つ楽器によって、さらに笛方、小鼓方、大鼓方、太鼓方に分けられます。舞台装置の少ない能の舞台では、物語の場面進行を音で演出する囃子方は大変重要な役割と言えます。また、開演前に舞台裏から聞こえてくる囃子方のチューニングを「お調べ」と言い、「まもなく開演」の合図にもなっています。
さて、ここまで能の基礎知識を紹介してきましたが、いくら語ったとしても能の奥深い世界を言葉だけで伝えることは到底できそうにありません。
百聞は一見にしかず。座学は一旦終わりにして能楽堂に出かけてみませんか。